「いぶき宿通信」N0.34

 

「一般社団法人(非営利)いぶき宿(じゅく)」通信2020 N0.34

10回目の3月11日

2011年3月11日、あの日から10回目の3月11日です。2020年3月11日、この日はコロナウイルスのバンデミックで世界中が、目に見えない細菌にどのように対処していけば良いのか暗中模索を続けていました。今もそれが続いています。そのために各地では、感染拡大を防ぐために東日本大震災の追悼式典の自粛が求められ、縮小しての開催でした。

3宗教合同で追悼・復興祈願祭

大災害が起こると鎌倉在住の宗教者が宗教、宗派を問わず一堂に会して共に祈る歴史的な営みがありました。

2011年3月11日のあの大震災を体験した私たちは、2011年4月11日に第1回の追悼・復興祈願祭を3宗教でおこないました。この時から可能な限りこの祈願祭に参加しています。今年は10回目の祈願祭でした。

第1回は神道、鶴岡八幡宮が会場、次回は鎌倉大仏殿のある寺、第3回はキリスト教の雪ノ下教会と会場は3宗教で順番に持ち回りです。

10回目の今年は鶴岡八幡宮でした。

今年はコロナウイルスの大流行のために、規模縮小、宗教者だけでの祈願祭となりました。

神道、仏教、キリスト教の鎌倉在住の宗教者が70名以上八幡宮舞殿の前に集まり、それぞれの宗教の方法で舞殿で祈願が捧げられました。

他宗教の宗教者もその祈願に心を合わせ唱和しました。カトリックからは雪ノ下教会と大船教会の4人の神父がたと聖母訪問会、聖心侍女会

とメリノールのシスターたちが参加しました。

神父様がたは、韓国人、インド人、アメリカ人、

 

 

日本人と多国籍で、それぞれの司祭が日本語で

聖書を朗読されたり、祈られたりと八幡宮に国際色豊かな(日本語ではあっても)祈りが捧げられました。(NHKニュースwww3.NHK.or.jp/shutoken-news20200311

NHK首都圏ニュースでも報道されました。)

シスターと神父と爆弾

3月15日に聖心侍女修道会の五反田修道院で「社会司牧チーム」主催の「シスターと神父と爆弾」の自主上映会を開催する予定でした。が、コロナウイルス流行のために止む無く中止になりました。しかし、数人で鑑賞しました。

それに合わせて、この自主上映会を勧めてくださった森俊秀僧侶がご自分が『浄土』にお書きになった記事を送ってくださり、添付する事をご快諾くださいましたので、pdfで添付いたします。

「シスターと神父と爆弾」は生きとし生けるものの「いのち」を破壊する核兵器に対して、「いのち」をかけて非暴力で訴えかける行動を実行したシスター、神父、信徒の信念に基づいた活動です。鑑賞し終わり、心の中には静かな、深い信仰と「いのち」への底知れない愛が広がりました。何度投獄されても、めげずに「いのち」を守り抜こうとする姿に創られたものを愛してやまない神の姿の写しを見るようでした。

コロナウイルスの流行が治りましたら、上映会を再度企画しますので、皆様是非ご鑑賞くださいますようにお誘いいたします。

福島県いわき市の外国

1月半ばにいわき市へ行ってきました。フィリピン人のコミュニティの話を聞きに行きました。ララミュの近くにお店(サリサリストア)を出しているフィリピン人に震災の時の話を聞きました。いわき港に入港した船の船員たち(フィリピン人)が店に来ていて、彼らの話も耳にすることができました。

いわき市のサリサリストア

貨物船のようです。今後、フィリピン人のシスターが、いわきのフィリピンコミュニティーと関わっていくことになり、震災後を生きている人たちに寄り添っていく事を期待しています。また、ベトナム人のコミュニティへの寄り添いも始めています。

原発関連の仕事をしている外国人の話も耳にしています。日本社会の中でベトナム人同士での結婚、家族を作っていく人たちも増えているようです。

富岡

今回、3人をご案内して富岡にある「廃炉資料館」を訪ねました。私は今回で4度目でしょうか。毎回、新しい発見があります。

今回は車ではなく、電車での旅なので、富岡駅から徒歩で6号線まで出る間の町の様子をつぶさに見ることができました。

綺麗に整備された駅前。東京からくるものにとっては、ハード面の立派さと閑散としている駅前の様子がなんともしっくりいかない気持ちでした。お二人の女性(高齢者)が手押しの車を押して、道を歩いてくるのが見えただけです。

富岡駅前の高齢者         富岡復興住宅

復興住宅裏の川

一戸建ての住宅や集合住宅が立ち並んでいました。もちろん線量計も設置されていました。

6号線沿い、「廃炉資料館」と道をはさんで立派なスーパーが。そこで昼食をとりました。

食事をしている多くの人は働きに来ている人たちでした。廃炉資料館前のスーパー  スーパー内で昼食

常磐線開通

あの日からまる9年を経て、10年目を歩み始めて間もない3月14日、浜通りの大事な足が上野から仙台まで繋がりました。

長い年限をかけての歩みでした。区間が繋がるたびに、つながったところまで常磐線に乗って現地に出かけていきました。今回もすぐに出かけたかったところですが、コロナウイルスの流行で、見合わせました。が、できるだけ早く、帰還困難区域の残っている地域を通る常磐線で現地をおとずれたいと思っています。様々な想いが交錯している場所だけに現実を肌で感じ、見えなくされている物にも目を向けたいとの思いが募ります。

オリンピックが開催されることになっていれば、すでにJヴィレッジを聖火が出発し、福島を走っているはずです。その陰に見えなくされていることも多々あることは前回の訪問でも耳にしてきました。

3月23日の共同通信社の記事に、

『福島県のサッカー施設「Jヴィレッジ」に隣接する楢葉町営駐車場で空間放射線量が比較的高い場所が見つかった問題で、一帯を福島第1原発事故の収束作業の対応拠点として使った東京電力は23日、施設返還の際に除染をしていなかったと明らかにした。施設は東京五輪・パラリンピックの聖火リレーの出発地点。

環境団体が昨年10月に施設周辺を調査し、環境省に線量の異常を伝達。同省から除染を求められた東電が調べたところ、グラウンドなど施設内部に異常はなく、楢葉町営駐車場で毎時1.79マイクロシーベルトが計測された。除染は昨年12月に実施済み』

というものがあり、唖然としました。

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