「いぶき宿通信」No.21

「一般社団法人(非営利)いぶき宿(じゅく)」通信2017 No.21 2017.9

横須賀火力発電所建設について考える
10月16日の午後久里浜で行われた集会に参加しました。
集会の前に現場見学があり、火力発電所の場所、そして、下記の工場前に・・・

正門1 正門2

(工場の正門)
この工場は・・・?わかりますか?
知っていますか?
プレートをみなければ、ごくごくふつうの工場です。私がこの工場のことを知ったのは、今から10数年前に浜岡原子力発電所へ行った時のことでした。資料館(?)で浜岡原発の大きな模型をみながら原発の稼働状況を見、核燃料棒の模型についていた説明の中に〈燃料棒は久里浜の工場でつくられ、トラックで運ばれて来る〉
を読み、人ごとではない!自分たちが住んでいたところなんだとびっくりしたことを覚えていて、その工場へ行きたいと思っていたのが、
10数年後に実現しました。
あの浜岡原発に行った時には、原発からの排水口の傍まで行きました。が、海辺の堤防には監視カメラ、人の動きを追って動く監視カメラにぎょっとしたのを今でも鮮明に覚えていますし、その途中なんと、パトカーがきて、私たちに職務質問・・・帰りに東名高速のどこかで止められるのではないかと本当に心配したものでした。
私の想像の中では物々しく警備された金網の張られた工場でしたが。。。。

GNF
Global Nuclear Fuel
これが、その工場です。ふつうの町工場にしか見えません。
この正門から12台のトラックが4台を1隊と

して、隊列を組んで闇に乗じて町の中へ、東日本の原発へと核燃料棒を運んでいるのです。
昨年の9月13日大雨の日に日立物流のトラッ
クが隊列を組んで出て行ったそうです。
刈羽原発へ。交通事故になったら・・・
その門の脇にはプレートが張られていました。

高圧ガスプレート

(A Joint Venture of GE.Toshiba. &
Hitachiが読みとれます)

この工場内にウランが搬入され、砕かれ、ペレットがつくられ、それをつめて核燃料棒がつくられているのです。
その行程の中で、汚染物質が、ウエス(汚れた布など)がでます。それをドラム缶につめて、それがなんと18000本もこの敷地内に。

プレートと幕

(プレートの傍で横断幕をもって)
そこでいろいろと説明してもらっていたら、どこからか1台の車が来て、私たちを脅し始めました。きっと門衛さんが連絡したのでしょう。
ここで聞いた話からここでも事故が起こるに違いないという確信に満ちたものを私の中に生じさせました。直下型地震・・・
2011年3月11日、仕事帰り全ての交通が止まり歩いて帰った住民がみたものは、正門の前を流れている川のそこが見えたこと、川の水はすっかり引かれていた事実。そして、地面に段差が出来たということです。ここは東北からも遠い三浦半島の久里浜です。

地震の亀裂

東電横須賀火力発電所

3本の煙突 以前はなかった鉄塔

(3本の煙突)       (以前はなかった鉄塔)

タービン建屋

(1から8号機までのタービン建屋の2つは既に解体)

集会

横須賀火力発電は重油で発電されていたが、老朽化にともない廃止されることになっていたのに、いつの間にか石炭火力発電を建設する計画に変わっていたことに住民はびっくり。
解体工事にもいろいろな問題があるそうです。
保温のためにアスベストが使われているとのこと。しかし、地域住民には説明がなされていないことがアンケートからも浮かび上がり、たとえ知っている住民であっても噂できいたとか、町役として何となく聞いている程度で、住民説明会などはなされていないことが明白になって来ました。住民にとってもう一つやっかいなことは、解体工事は旧東電、新火力発電所は東京電力フュエル&パワー株式会社からJERAになり、解体、石炭火力反対の交渉は煩雑になっています。
現在、日本各地で石炭火力発電所の建設計画が次々に発表されていて、その数が公表されているだけで48基にも及んでいます。このまま進めば日本中が石炭だらけになるのもそう遠い将来ではないようです。地球環境保全、「私たちの家」を守るどころか破壊に加担する一人とならないように、自らができることを考えて実行していくために、これに続いて「パワーシフト」の講演会がもたれ、これは次号に掲載します。

ちらし

ある日突然、あなたの家の隣のふつうの工場内で核燃料がつくられていると知ったら・・・        野上幸恵

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です