錦糸かぼちゃジャムできました!

             

      錦糸かぼちゃ ジャム(錦糸瓜/そうめんかぼちゃ)

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私がそだてました                     私が加工しました

有機・無農薬             無添加(ペクチン以外)  

大河原 伸/多津子 〒963-4204     稲福 由梨 〒963-3602

福島県田村市船引町堀越字原 166−1   福島県田村市滝根町神俣字入新田156

☎090−2842−4952/080–6039−7237   ☎0247−78−3847

 

【いぶき宿(じゅく)】 〒244-0812横浜市戸塚区柏尾1225-6   ☎070−5569−6538(問合先)

2011年3月大震災後の福島第一原発事故により、「いのち」が激しく脅かされ、「いのち」の源である「土」が汚染されました。豊かな「いのち」を取り戻し、「土」のいのちの復活に取り組んでおられる有機農業者の方々と消費者がひとつになって大自然の中で生きることの出来る道を模索しています。有機農業は農耕地とそれを囲む「里山」「河川」「生物」など自然との調和の中で営まれています。私たち人間も例外でなく、大自然のいのちの中のひとつです。いのちの源である土、全てのいのちを慈しむ(非営利)一般社団法人

「いぶき宿(じゅく)」 福島県田村市船引町堀越でのボランティア活動

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(錦糸かぼちゃの種植え)            (錦糸かぼちゃの定植)

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(錦糸かぼちゃの定植)               (成長したかぼちゃ)

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(錦糸かぼちゃと)            (デザートをつくりました/

        パイの餡、ジャム、アイスクリームと一緒)

 


「いぶき宿通信」2016.No.3

「一般社団法人(非営利)いぶき宿(じゅく)」通信2016 No3 2016.11

5月に通信を出してから、あっという間に6月経ちました。その間、あるグループからの依頼を受けて視察を企画し、また、先月は「錦糸かぼちゃジャム」の商品化の最後の段階の打ち合わせに田村市(福島県)まで行ってきました。そこで「錦糸かぼちゃジャム」のラベルを決定し、商品化に漕ぎ着けました。

この時に、三春の「えすぺり」の大河原さん、ジャムの稲福さん、そしてエゴマの渡邉さんをお訪ねし、渡邉さんのところで、「NPO法人元気になろう福島」の副理事長の本田さんに偶然(?)に出会い、11月11日に開催される第35回結イレブン『福島の食とお酒を堪能、大交流会』にお誘いを受け、ジャムを持って参加させていただきました。

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第一部は福島の今を語る人「渡邉とみ子」さんの次のような講演でした。

渡邉さんの活動の原点は、飯舘村での暮しです。1993年から「女性も地域のリーダーとなり、自分たちの地域のことは自分たちで考えていく」という地域づくりに関わって来られた

ことです。その後市町村合併の話しが持ち上がり、合併するかどうかという中で、「飯舘村」を失いたくない気持ちと村の生活を続けたい気持ちから村長の諮問機関である「村民企画会議」の住民代表として委員となられたのです。そういう中で「飯舘村で暮らす」ことを真剣に考えるようになられ、地域づくりを具体的行道に移すため、夢と目標をもって具体化する思考回路を得て頑張り、飯舘村オリジナルじゃがいも「イータテベイク」と「いいたて雪っ娘」(かぼちゃ)を飯舘村出身の菅野元一氏から地域振興のためにと提供してもらい研究会会長として活動を開始されたのが2005年6月でした。

多くの人が会を脱会していく中で、残ったメンーバの励ましと菅野元一さんの思いを胸に、自分たちにいわれた言葉に力を得て「外は雪、こたつに入って嫁・姑の悪口を言っているのではなく、智恵を出して1円でもお金になるものを考える。起きてしまったことを嘆いてばかりではなく、未来に対する対策を考える。世界に通用するジャガ芋、かぼちゃを飯舘村から発信する!」と、さらに加工施設を立ち上げたのは2007年4月でした。そこで渡邉さんは「仲良しグループ・サークル感覚では駄目ということ。夢・目標が高ければその道は険しく長い道のりになる。しかし、一歩踏み出さなければゴールはない」ということを学ばれたのです。

そんな中、やっとイータテベイク、種芋生産が国から認可されたのが2010年。種芋の生産が正式に認可されたのです。飯舘村のイータテベイクとして世の中に出すことが出来るようになったのです。が、2011年3月、原発事故!これで今までの全てが奪われてしまいました。飯舘村での生産が出来なくなってしまったのです。そんなことで諦める渡邉さんではありません。事故から2月後の2011年5月避難先で畑を借りて渡邉さんは種を蒔きました。未来につなげる種を穫るためです。イータテベイクもいいたて雪っ娘も。収穫祭は避難先の人々も一緒でした。感謝の宴です。しかし、飯舘村に帰るたびに目にする加工工房の変り果てて行く姿に涙があふれて来たそうです。朽ち果てていく姿は・・・

地域づくりに関わっていた福島大学の先生から声をかけてもらい「かーちゃんの力・プロジェクト」の話しを聞いて自分と同じように原発事故ですべてを奪われてしまいマイナス思考の中で生き甲斐を失っているかーちゃんたちを一人一人訪ね歩いて、「結もち プロジェクト」を開催し、それをきっかけにかーちゃんたちに笑顔が戻って来たそうです。「結」は人と人とを結び、地域と地域を結ぶのです。

そして立ち上げたのが「カーちゃんの力・プロジェクト」です。避難先で作った「いいたて雪っ娘」を直売所に出したいとのおもいから、自分たちで独自に基準を決めたのが20bq/kgでした。国の基準は500bq/kgだったのですが、かーちゃんたちは覚悟の上で本当に安心で安全な食べ物を皆さんに提供したかったのです。

2012年4月には福島県地域雇用再生創出・モデル事業としてかーちゃんたち12名を雇用して健康弁当、漬け物、お菓子なのどの製造販売が「あぶくま茶屋」で出来るようになったのです。地域の人達、福島大学の学生たちがなにもなかった「あぶくま茶屋」を大掃除、整備してくれて拠点が出来ました。

2012年6月一般社団法人福島かーちゃんの力ネットワークが設立され、協議会との両輪でのプロジェクトとなりました。12月には福島駅前にレストランがオープンし、私たちは何度もそこで昼食を味わいました。今、かーちゃんたちはあぶくま食の遺産継承と普及に取り組んでおられます。

渡邉さんは辛かった時、そして現場から学んだこととして次のような詩を書かれています。

あきらめないことにしたの

たくさん悔しい思いをしたよね

沢山、沢山泣いたよ

でも、生きている

やっぱり止まっては駄目だよ

どんなに小さな一歩でも前へ進んだら

ほらね。実ってくれたんだもの

植物は、こんな状況の中でも

頑張って生きているんだもの

だから私は

あきらめないことにしたの

2017年3月には避難解除になるので、故郷に帰る人、帰らない人、帰りたくとも帰られない人、バラバラになるかもしれない。種を繋ぐという選択をされた渡邉さんは故郷に寄せる思いは誰にも負けないくらい強い、が、選びとった選択から帰ることはできない。しかし、未来につなぐ種はどこにいても飯舘村を発信してくことなのだとの思いを強くしておられることがひしひしと伝わってきました。

2016年6月26日の夜が明ける前からの仕事中夜明けの風景に渡邉さんの心にさした希望。

希望

暗闇の中から僅かな光を探してきました

辛くて、悔しくて、沢山泣きました

幾多の困難や試練の中でも

必ず夜明けはやってきます。

 渡邉とみ子さんのお話を聴いたあとの福島の食材を使った食事、お酒の味は格別でした。

食材ひとつひとつが優しく、暖かく、何よりも手抜きをされていない味わいが伝わってきました。

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(福島食材による弁当)                                          (福島のお酒/金賞の大吟醸)

 

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(渡邉さんとNPO理事)                           (福島フルーツのサングリアが出来るセット)

「いぶき宿」はジャムの試食をお出ししました。

反応はよかったです。お求めくださるとおっしゃった方が何人もいらっしゃったことはうれしかったです。

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「錦糸かぼちゃジャム」の販売依頼

皆様是非、新しい食感の錦糸かぼちゃジャムを味わってみてください。ジャムとしてパンにつけても、ヨーグルトにいれても、パイの餡としてパイ生地で包んでも美味しくいただけます。

一瓶、500円の寄附でお願いしています。

季節限定品です。

よろしくおねがいいたします。

11月26日(土)は福島の「えすぺり」で「さんさんバザー」です。アロマハンドトリートメント、ジャムの販売予定です。  (野上幸恵)